~”FREEDOM”と”LIBERTY”の違い~

画像 日本人は抽象的概念に対する理解が乏しいというのは、私の長年の実感である。日本人は、観念的であって、物事の本質(概念)について把握すること苦手である。そのために日常的に国民権利が蔑にされていても、官僚支配によって民主主義が形骸化されていてもほとんどその被害を感じることがない。いわゆる「ゆでガエル」にされていることの自覚がないのもこのためであろう。主権とは何か、民主主義とは何かなどと言った抽象的な言葉は漠然と自分の主観でとらえているが、あくまでも感覚的な単なる観念に過ぎない。先進国や現在の大国(英、仏、米、中、露)はどの国も革命の歴史があるが日本にはそれがない、民主主義や自由を国民自らが闘い勝ち取った歴史がなく、求めもしないで与えられたためにその価値や本質を理解していないのである。そのため、誰がやっても同じだから選挙に行かない、長いものにはまかれろと諦観し、主権者の権利を粗末にするのは農耕村社会民族の宿命でもある。前置きはこれくらいにして、今日は、いつもの愚痴ではなく英語の「自由」についての拘ってみたい。
 英語の自由にはfreedomとlibertyがある。さすがに欧米では自由や民主主義を民衆が自ら権力者から勝ち取ってきただけに厳密に区別して認識している。日本では、自由と言う言葉さえ明治までは存在さえせず、福沢諭吉が初めて西洋の概念として「自由」と言う言葉を使って紹介している。
アメリカ人にfreedomとlibertyの違いについて聞いてみたが違いが良くわからなかった。そこで、自分で再度しらべてみると、どうやらfreedomは大まかにいえばindependence(自主、独立)を意味する「自由」であり、libertyはright(人権の自由)と言うことが第一の違いであるらしいことが分かった。さらに、もう一つの違いを挙げれば、freedomは国全体(国家国民全体)のために意味するものであり、libertyは個人に対する、すなわち自由を闘って求めようとする個人対する意味で使われるものである。そう、自由とは日本人のように進駐軍に有無を言わせず、求めもしなかったのにフォアグラのように口から否応なしにねじ込まれたものでなく、命を懸けて戦い勝ち得た独立であり権利なのである。
 freedomとはありていに言えば、外国の支配からの独立に他ならない。たとえば、「インドは1947年8月15日にイギリス支配から自由(freedom)を勝ち取った」という使われ方をする。一方、個人が闘って勝ち得るのが自由(liberty)である。言論の自由、信教の自由、表現の自由これらの自由はlibertyである。
 哲学上、比ゆ的に自由(freedom)を解放あるいは(魂の)救済の意味で使うことある。魂は個人のものであるが、何かの束縛からの解放と言う意味でlibertyではなくfreedomが使われる。魂の解放は哲学者、賢人の究極の到達目標であるらしい。西洋思想では、魂がいったん束縛から解放されると、魂は輪廻(仏教的)、再生(キリスト教的)することはないという。これは、仏教の涅槃(ねはん)に到達することに通じる。
魂の解放の程度は、個人の死が神に届く時のステータスであって、罪業から完全に解放された魂は永遠の彼方の神の領域に達するということで二度と罪深い人間の世界に戻ってくることはないのであろうか。
 (個人の)自由libertyは(国の)自由freedomの根源であると言われている。基本的人権(liberty)を求め、それが雪だるまのように大きな運動となって独立運動(freedom)や革命運動へと発展して行く過程でliberty ゃfreedomが意識されてきた。しいて結論するなら、国家、国民全体の独立・自尊が「自由」(freedom)であり、個人一人一人の独立・自尊が「自由」(liberty)であるといえる。哲学上では、拘束や束縛から解放されて得られる自由がfreedomであり、思想や行動の自由をlibertyと言えるのではないだろうか。日本語としては「自由」とい言葉が古来使われている形跡はあるが、あくまでも秩序を乱す「勝手な振る舞い」という否定的な意味で使われたことはあるが、freedomやlibertyにあてはまる自由の概念では無かった。福沢は欧米を見聞して新たに自由と言う概念を、他から強制されて秩序を守るのでは「自らに由る」ことで秩序を維持すると言う意味で「自由」という造語を当てはめたのであろう。したがって自由には束縛されない代わりに自らに由って秩序を守り他に迷惑を及ぼさないという責任が伴う。正当な権利を行使するかしないかは個人の自由であり、正当な権利のない事をすることを勝手ということになる。繰り返しになるが、Freedomは国が他(国)の支配から独立を勝ち取って自由になることであり、libertyは個人やグループが秩序の中で人権を行使する自由であるといえよう。

この記事へのコメント

小林 宏
2019年04月19日 18:12
Lincolnはそのthe Gettysburg Addressの中でlibertyとfreedomを夫々1回ずつ使っています。その相互関係を探るために、私は両語の語源的、用法的検討を行いそれをアマゾンKindle版の拙著「The Gettysburg Addressを読み解く(2019.2.20.)」に載せています。ご一読頂ければ幸いです。

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