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zoom RSS 〜前原民進党代表の目指した二大保守政党のナンセンス〜

<<   作成日時 : 2017/11/07 08:57   >>

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画像   10月22日、国家権力を私物化する安陪首相の異例の憲政無視国会冒頭解散による総選挙が議席の上では与党圧勝に終わった。まあ、選挙結果についての評価は散々報道されているのでさておき、今回の突然の衆院選に慌てた前原民進党代表の軽挙妄動といえる希望の党への民進党身売りほど愚かなことはなかった。本人はいろいろ、その決断は間違っていなかったと強弁しているが、政治は結果がすべてである。その罪たるや万死に値する愚挙であり暴挙であった。
  前原氏は、京大で国際政治学者高坂正尭教授の教え子であったらしいが、高坂教授に、学者になるほど頭が良くないから政治家になれといわれて松下政経塾に入塾したと言われている。しかし政治家としてのセンスがまるでない事は、永田偽メール事件で立証済みであり、今回の軽挙妄動は彼らしい政治家にさえ向かない頭であることを立証した。
  何故、彼の判断力が悪いかといえば、彼は民進党を緑のタヌキに売りとばすとき、政権交代可能な保守二大政党を目指すためとその理由を述べているが、そこがそもそもナンセンスである。民主主義先進国どこの国をみてもマイナーな極右保守政党などはともかく、保守二大政党システムの国などどこにもない。日本の国会はイギリスをモデルにしていると言われているが、イギリスの二大政党「保守党」と「労働党」は二大保守政党ではなく、保守とリベラルである。日本人が大好きな宗主国アメリカの二大政党「共和党」と「民主党」も保守とリベラルである。この狭い日本のどこに保守大政党が二つも要るのか。そんなに保守がいいなら、自民党に合流すればば済むことであるが、候補者が足りているので向こうが断るであろう。
  前原氏の頭では、自民党が強いから、日本人には保守政党なら大きくなれると勘違いしているのだろう。しかし今回の選挙でも、民意を最も反映していると言われる比例票でも自民党1854万票に対し、立憲民主党1107万票、希望の党は966万票で旧民主系ともいうべき立憲と希望を合わせると、2000万票を超え自民党よりも得票は多い。にもかかわらず、両党合わせても自民の三分の一程度の議席に留まっている。自民の圧勝を許したのは偏狭な保守志向と権力欲に目のくらんだ前原、小池の軽薄さにより野党が分裂したための自民圧勝に過ぎない。いわばオウンゴールで負けたのである。小選挙区で自民得票票が多いのは、組織力に加え候補者の数が圧倒的に多いからである。それでも有権者の絶対得票率は、4人に一人しか自民党に投票していない。希望の党の得票は、リベラルである立憲の小選挙区候補者が少なく、仕方なしに共産党に投票するよりはマシと思い希望に入れた面が少なからずある。絶対得票率を、政党支持を反映している比例区で見るとたった6人に一人しか自民党に入れていない。日本の保守マーケットは2大保守政党を受け容れるほど大きくないことが分かっていない。
  自公に加え、希望、維新が憲法改正に前向きなので、憲法改正発議は可能かもしれないが、憲法論議が深まれば国民が、憲法とは権力者の圧政、専制から国民を守る最後の砦であることを自覚するようになるだろう。安陪首相のように、戦争をしたがる権力者が、憲法9条が邪魔でしょうがないからという理由で憲法を変えたがるのは泥棒に捕縄を綯わせるに等しい。権力者を縛る綱が憲法なのである。自民党は、憲法は国のありようを示すものだといって、改憲要旨は権力者が国民に憲法を守らせ、政治家以下公務員に憲法を尊重させるという、統治者が被統治者である国民を縛るという、フランス革命やアメリカ革命によって憲法が定着した主権者国民が統治者のスタンピードを規制する近代民主主義国家の憲法理念ではなく、権力者が権力を維持するために作った明治憲法そのものの発想である。緊急事態条項も改憲に盛り込んでいるが、これは「戒厳令条項」であり、非常時には憲法を停止し国民の基本的人権まで制限するものでヒットラーのナチスそのものである。戒厳令条項を緊急事態条項と言い換えたり、戦争法案を平和のための法制と言い換えたりどこまで国民を舐めているのか。
保守とは、旧来の習慣や伝統など守ろうとする意味で、一般的には既得権を守ろうとすることに対し、リベラルとは、本来個人の自由を重んじる思想全般の意味で、穏健な革新を目指す立場であり、必然的に前者は大企業、官僚機構、政権側政治家が既得権を守ろうとし、後者は個人への権力による過度な束縛を嫌い、自由を目指す立場である。狭い日本に、しかも日本が先進国を自認する割には、先進国でどこも保守二大政党制の国などないにもかかわらず、それを目指すことは現状認識が乏しい。政治を何年何十年やっても政治の本質を理解していない小池や前原は総理になりたい、政権が欲しいだけで希望の党を作り、合流しようとしたことに政治家としての底の浅さが目に余る。はっきり言って、前原氏のもくろみが崩れたのは、小池知事の「排除します」、「全員受け容れる気はサラサラありません」などという発言に矮小化されているが、根本は保守二大政党システムなどを世の中は求めていないことに気づいていないことに重大な誤りがある。自民党に代わって、なんちゃって自民党が政権を取るなど国民はまっぴらである。希望の党の主張は原発容認、日米安保・日米同盟堅持、自衛隊・集団的自衛権合憲、憲法改正、全く自民党と同じであり、同じなら伝統と実績のある保守である自民党に敵うはずがない。
  これまでの歴史を見ても、新自由クラブ、自由党など保守を謳った保守党ミニ自民党があったがいずれも二大保守政党制に成長することなく消滅するか吸収されている。しかも、小池希望の党など軽薄な小池知事の個人的人気だけで足腰も何もないまるで実体のない泡沫(うたかた)の保守政党である。純希望の党候補者98名のうち当選者は小選挙区全滅、比例でたった1名に過ぎないことが小池新党の実態だ。頭を冷やして考えれば、大政党である民進党が張りぼてでしかも鵺(ぬえ)のような新政党に丸ごと頭を下げて軍門に降ることは常軌を逸している。まさに小池の知事の一時的人気だけを恃み選挙で「風」頼りに当選したいという賤しい浅ましさである。民主党が政権を取れたのは、保守リベラルすべて受け入れていたから取れたのであり、自民党の中も保守もリベラルもいてダイバーシティ(多様性)を受け容れている。吉田茂、石橋湛山、鳩山一郎などは典型的なリベラル政治家である。寛容な保守を目指すなどと言っておきながらリベラルを排除し、右翼しか受け入れない希望の党は論理が支離滅裂だ。そんな希望の党には「希望」どころか「失望」しかない。
繰り返しになるが、リベラルとは社会主義者や共産主義者を指す言葉ではない。既存の権力の支配に対しその支配からより個人の自由を指向するのがリベラルである。したがって保守は規制緩和を求め、リベラルは個人の尊厳を守るために既得権の規制を求める面もある。保守は小さな政府を指向し、リベラルは大きな政府を求めるとはいえ、かといって社会主義や共産主義とは同一ではない。しいて言えば、リベラルには左翼的な要素は否定できないことから左翼と混同されやすいことはあるだろう。左翼をきらいリベラルまでも否定する前原氏は、保守二大政党制をめざすなどと妄言を吐くなど国民の政治ニーズさえ理解できていないうえ、政治家としての「信」を失ったことで政治的リーダーとなる機会は二度とないだろう。これからも選挙に当選しても、彼の居場所はない。

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